59.4kg 子宮内膜症ステージ3(21歳)と言われてから子宮全摘出(43歳)まで振り返り話( ..)φ

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もう6月7日になっちゃったのだけど、6月6日の記事としてアップします。
最近、父が米よりパンや麺を好む
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生玉ねぎとレタスのサラダの上に、食パンをバターでじっくり焼いたの乗せたら「うまいうまい」と好評だった

6月6日の体重たち。(寝過ぎて日付変わっちゃって「1日前」と表示されとります
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6月6日朝方満月を迎えたという心理的なものと、職場の冷房にカラダが慣れていない状態で3か月ぶりに仕事量が通常に戻ってきたのも影響して体重アップしているみたい。
動く量が増えても体内水分の流れがよくないと私の体重はアップする。
【夜勤】というのが影響しているのだろうけど、コロナで仕事時間減ったほうが私の場合体重減る傾向にあったんだよな~。
お湯飲みしているんだけど尿量は少なめで、ふくらはぎやお腹に水分たまっている感じがしてむくみがひどい
そういうときは体脂肪率や内臓脂肪レベルが低くでる。
体内に余剰水分あると冷えを呼ぶし、冷えは脂肪や体調不良を呼ぶこともあるのでむくみ流しアプローチとりかかろう。

ってことで生玉ねぎ&レタスサラダ復活、6月11日はひさびさストレッチのスリーエス→のつけの湯の露天風呂→足圧マッサージというゴールデンコースを堪能予定
給付金も来週振り込まれる予定だし有効活用
スリーエスのまななん&足圧かおちゃん、ゴールデンボンバー攻撃でむくみ流しよろしくっ(←他力本願)

話変わりまして。
ブログの機能で「アクセス解析」というものがありまして。
能天気に北見でシニアログ20200606アクセス解析.jpg
6月3日のPV(ページビュー)がぴょーんと跳ね上がっていることに気が付いた
私のブログの存在さえ知らない方もたどりついたようで「何の記事書いたときだろう?」と見てみたら「58.2kg 4月と5月の体重推移グラフ&子宮筋腫MRI画像(*^・ェ・)ノ」だった。

この記事では子宮筋腫についてしかふれていなかったのだけど、妊娠・出産を望む方の参考になればいいな、生理痛がひどくて痛み止めを毎回飲んでいる方や健診受けようかどうしようか悩んでいる方のヒントになればいいなと思い、もう少し流れを詳しくログしておこうと思った。

ちょっと長くなりまする。→かなり長くなりました

いや~、その話はいいわ~という方は、今日はここまででってことで応援ぽちっとしてまた次回お付き合いくださると嬉しいですわ
むくみ流して目指せ57㎏台!はっぱかけ応援ぽちっとなありがとうございます




いつも「前向こう~」ぽちっとな、ありがとうございます


ではでは、私の子宮内膜症から子宮全摘手術までの振り返りログをします。

私は10代の頃から生理痛がひどかった。
生理の1週間前から体調が悪くなり、顔色が白くなって異様に寒がりになるので「あ、そろそろ生理前なんでしょう?」って私より先に家族が気づくほどだった。
生理前の1週間、生理の間の1週間体調悪くて機嫌も悪かったので、1か月のうち半分はダウンな感じ。

21歳のとき、たまたま友達の友達として知り合った看護師さんに「いや~、私生理前に毎回膀胱炎になって内科行ってるんだよね。どうにかならないものかね。」と話をしたら、「え?毎回膀胱炎の薬もらってるの?それおかしいよ。うちの病院来なさい。」って言われ、「え?だって婦人科でしょ?やだよ。」って答えたんだけど「安心のために一度来て。生理前に毎回膀胱炎の薬飲んでいるなんて絶対おかしいから。しかも毎回市販の痛み止めも飲んでいるんでしょ?絶対体に悪いから!」と強く言われてシブシブ婦人科へ行くことに。

運命だったのね~、そこで子宮内膜症ステージ3と診断されましたのよ。
ステージ4まで進んでいたら手術していた段階だった。
しかも不妊の可能性かなり高いとも言われ21歳でがーん…でした。

子宮内膜症のできものが子宮と膀胱の間と、子宮と腸の間にあって、生理前からそのできものも腫れてくるから頻尿になったみたい。
あと座るタイミングなどに腸などが動いて突然「痛い!」って言っちゃうこともあった。
一瞬なんだけど、これも子宮内膜症の症状のひとつだそうな。

内科の医師が機転きかせて「毎月来るなんておかしいから婦人科行ってみたら?」と言ってくれれば良かったのだけど、そこまで責任はないしね。

ステージ4だと肺にもできものが飛ぶことがあるとか。
生理痛が重いだけと見過ごしているとけっこう怖い病気です。

子宮内膜症も20人に1~2人くらいの割合みたい。
札幌白石産科婦人科病院の説明リンクはっておくので気になる方は見てみてください。

聖路加国際病院監修のこちらもわかりやすいかも。


なんとか手術にならずにすみ、治療として更年期状態にするホルモン系の薬を使って1年のうち半年は生理を止め、半年復活させ…を繰り返した。
子宮内膜症のできものは生理のたびに大きくなるので、生理を止めて萎縮させるという方法。

あんなに苦痛だった生理が1年の半分はなくなって楽にはなったけど、更年期状態になる薬服用中は熱っぽくてカラダのフシブシが少し痛いとか、突然おでこに汗がどばーっと出るとか、20代前半にして更年期状態を体験することになったわ。

薬服用して半年経ったら一度やめるのは、薬を解毒する肝臓への負担を考えてのこと。
体調を良くするためでも薬はやはり体にとっては異物であり、肝臓の機能を使って解毒しなくてはならないものなので「カラダに良いもの」ではない。
鎮痛剤も同じこと。
20代のときはまだ薬について怖いとは思っていなかったけど、医師と相談の上、できれば薬飲まずにいられるならそのほうがいいわけですわ。あくまで医師と相談の上ってことよ~。

子宮内膜症の治療は生理があるうちはずーっと続き、2週間に1度病院に通っていた。
まあ順調ですと言われていたけど、24歳のある日突然トイレで動けなくなるほどの激痛がお腹に。
友達に連絡して子宮内膜症で通っている病院の夜間に連れて行ってもらったのだけど、私の担当医がいなかった。
対応してくれた当直医師に「座薬の痛み止めが20分で効かなければ即入院、でも今の時間に入れるベッドがないので職員の宿直室に泊ってください。」と言われ、それはやだな~と思いながら痛み止め座薬使って数分経ち、痛みがなくなって帰れる帰れる~♪とホッとした
「あなたの先ほどの痛がり様は普通じゃなかったから本当は泊って行ってほしいのだけど…明日必ず担当医に診てもらってくださいよ!」と言われ、普通に帰って翌日普通に仕事へ行った。

外回りの仕事中、面倒だな~こんなに元気なのに病院なんて~…夜間診療の精算もあるから仕方ないかと思いながらシブシブ病院へ。
担当医は私の様子を見て「なんだ、夜間で来たというから心配したけど元気そうだな。
でも一応きまりだから、血液検査と尿検査をしていってくれ。」と言い、「え~、時間かかる?今仕事中だから時間かかるなら出直してくるよ。」と答えたんだけど、「すぐ終わるから。せっかちだな。」と担当医は笑っていた。

再度診察室に呼ばれたのだけど、さっき笑っていた担当医が怖い顔していたのでビビった。
「お腹、痛いよな?」という。
私はまったく痛くなくて何言ってんだ??状態。
「血液検査の結果、白血球が21000だぞ!」なんて言われたって素人の私にはピンとこなかったのだけど「即入院!」と強く言われ、「はあ?こんなに元気なのに?…じゃあ、一度会社戻って家帰って入院準備してきます。」と答えたら「入院の準備は誰かにしてもらえ。もう一歩も動くな!腹膜炎で死ぬぞ!」と言われた。

え。死ぬ??
大げさだな~、先生。

というのが私の感想だったけど、死ぬとまで言われたものだからシブシブ従った。
とりあえず私は生まれつき便秘でお腹調子悪いのはしょっちゅうのこと、21歳で下血して大腸がん検査もしているし、今回の痛みと子宮内膜症と関係あるかどうかははっきりしたこと言えないけど腹膜炎だった。

高校生のときに腎臓で入院、何歳だったか忘れちゃったけど扁桃腺で入院したことがあり、入院って食べたいもの食べられないし退屈だ!という想いが強くて腹膜炎の痛みが消えたのかも知れない。
入院中の熱も平熱で担当医師が「おかしいな…」なんてつぶやいていた。
私の自律神経のジリちゃん…「痛いのも退屈なのもイヤだ!」という私の思いを叶えてくれる効果強すぎなのかも
それはそれで病気発見遅れて困るんですけど~…でもいつも私の体調管理してくれてる自律神経、感謝してるよジリちゃん

腹膜炎騒動から2週間に1度の通院で担当医のチェックが厳しくなったけど特に変わりはなく子宮内膜症の治療は続いた。
半年薬服用、半年フリー。
フリーのタイミングで妊娠、1995年26歳で無事に出産。
21歳のときに婦人科の看護師さんに出会って婦人科受診していなければ叶わなかったことかも知れない。
流れの神様ありがとう。

引っ越すことにしたと担当医に告げたら今までの流れがあるから紹介状を書くと言ってくれた。
引っ越し先で婦人科ではなくうちのように総合病院をかかりつけに選びなさいと言われた。

出産後、調子よかったし、子育てと仕事の両立もあったし、すっかりそんなことあとまわしになってそのうち忘れてしまった。
年に1回健診受けてればいいか程度に考えていた。

2008年か2009年か忘れたけど、そのときの婦人科健診で「特に今治療が必要とかそういうわけではないのだけど、子宮って普通はきれいなタマゴみたいな形をしているのだけど、今回のあなたの子宮の形がでこぼこしてきてジャガイモみたいになっていることが気になるところです。一応頭に入れておいてください。」と言われた。

そして2009年7月に母が倒れ、2010年4月に他界した。
その間に54~56㎏キープしていた体重が60㎏になっていた。
悲しみストレス太りだから仕方なかったけど、他界した母のためにも気持ちを切り替えてまたワクワクダイエット意識で明るく毎日を過ごせるように頑張ろうと思って撮った写真。
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子宮内膜症と離れる話だけど…このとき講習会仕事していて、左手でスクリーンを指し、右手でパソコンのマウス操作している時間が長かったからか「骨盤の左側が上がって右側下がって、しかもひねり上げたような捻じれた骨盤になっている!こんな歪んだ骨盤初めて!それに伴って左肩が上がってい右肩下がっている…今からこんなに骨組み歪んでいたら身体に悪いから仕事中の姿勢改善したほうがいいよ。骨盤整体師としてはその仕事やめてほしいくらい(笑)」と骨盤整体さんに言われたことがある。
骨盤の傾きって、あっという間に変わるもんなんだなという体験も記録したかったので腰に手を置いてみた写真。

2010年当時41歳の私、再度ダイエット意識しだして今と変わらずスローペースだけどこれまた調子よく減っては来ていた。
でもあるところでストップ。
どうにもお腹の調子が悪いような…。
子宮内膜症再発したかなと病院行ってみたけど、特にその傾向はないと思いますとのことだった。
今思えば、そのときもう子宮筋腫はあったと思うんだけど私が「子宮内膜症再発していないですか?」と言って診察してもらったものだから発見してもらえなかったんだろうな。
ちゃんと健診を受ければよかったのだろうな。

2012年4月から1年契約で新しい職場へ。(当時私はフリーランス)
5月からひどい頻尿になり30分に1~2度はトイレへ行くこともあって、新しい職場で気まずかった
外へ出ればおさまるし、この職場(東京のオフィス)冷房きついからな~程度に思っていた。
そのうち気温30度ある外へ出ても頻尿傾向になり、近くにトイレがないと不安だからあちこちダイエット散歩することもできなくなった。
そして2012年7月ある朝起きたら大出血していたという前の記事に書いた流れ。

赤枠で囲んだ部分が子宮から飛び出ている子宮筋腫部分。
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どうやら右卵巣から大量出血したらしい?
「内膜症性嚢胞の可能性は否定できない」とあるのは、いわゆる子宮内膜症が進んだ結果こうなったという可能性は否定できないということだろうか。

2012年8月に子宮筋腫と診断され、手術したほうがいい大きさですがいつにしますか?と聞かれた。
1年契約仕事のスケジュール考えると12月後半がいいのだけどそこまで放っておいて大丈夫かと聞いたら、このあとも大量の出血がなく本人がつらくないならその間薬を使って生理を止めて筋腫を少しでも小さくできるかも知れないので問題ないですと言われたので12月の手術を決めた。

手術の種類は「開腹手術」と「腹腔鏡手術」があるけど、あなたの場合お腹を開いて全部確認したいと言われ「開腹手術」を選んだ。
腹腔鏡手術や筋腫だけ取り除く手術のあと、再発して再度手術したという知人の話もあったので、全部がばっと開いて子宮ごと取ってくださいという気持ちだった。

でもね、10月くらいからかな…
今まで一緒に生きてきた自分の一部が切り取られるという想いが強くなって考えると涙出てくるようになっちゃった。
やっぱり腹腔鏡手術で筋腫だけ取ることにしようかな…って医師に相談したけど、いや…あなたの場合は全摘出がいいと思いますと言われ、そうだよね…と納得はするんだけど、最後の最後まで何とか子宮残すってできないのかなと悲しかった。

自律神経にジリちゃんって名前つけているように、子宮にキュウちゃんって名前つけて、どこかできれいなもの見たり美味しいもの食べたりしたら心の中で「キュウちゃん、これきれいだね~、美味しいね~」なんて話しかけてお腹さすって、まるで妊婦さん状態。

あ。だからかなあ。
妊婦さんと間違えられて、東京の電車やバスで席を譲られることが多かったわ
40代の妊婦さん??だから大事にされたのかしら。

手術終わってからも「キュウちゃん、今までありがとう」って泣けてきたし、今もこれ書いていて泣けてきたけど、体調は良くなった。
生まれたときから便秘、子どもの頃は風邪ばかりひいて喘息までおこしていたし、生理が始まってからはお腹の調子が悪いときがさらに増えて30歳になるまで3回なんだかんだ入院、30代前半でひどい肩コリ・首コリ・頭痛に悩まされ人生初で太りに太って高血圧になり35歳で「心とカラダの流れをよくすれば痩せられる・健康を感じられる」と気づき振り幅16㎏のダイエットに成功して「人生で今が一番調子よい。振り返れば具合悪いときが多かった若いとき…戻りたいときがない。」と思っていたけど、その後だんだんお腹があれ?って感じになって43歳で子宮全摘出手術。
手術してすぐは調子よかったのだけど、半年後から1年くらいひどい腰痛に悩まされた。
筋肉不足で姿勢崩れが原因だったのかもと思っている。
そして首がストレートネック、首の骨が詰まって神経にさわり右手・右腕のしびれや痛みが出るようになり、去年6月からストレッチのスリーエス通いだしてから痛みが出なくなっているのでホッとしている。

この先、加齢とともにだんだん体にガタがきて体調不良を感じことがあると思うけど、体験振り返ると元気なうちから姿勢を支える筋肉や呼吸に関する筋肉を意識しておくのは大事だなと思う。
これからくるかも知れない病気や手術後の回復にも差が出てくるよね


あ~、とっても長くなりました。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

よろしければぽちっとなもしてくれると嬉しいです


長くなったついでに、グーグルフォトに残っていた2012年の思い出ログしちゃう。
私にとって2012年から2013年って、このあとの人生どうしよ~!って考え始め大変化のときだったの。

2012年の父はまだ庭に降りることができて、私が帰ってくると「庭で焼肉しよう!一人じゃできないから。」と言っていた。
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私が東京へ戻るときは、女満別空港まで車を運転して送ってくれていた。
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妹と、妹の次男が似ていた。
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妹の家の庭の写真…2012年5月はせっかくチューリップ咲いたのに雪が降ったようだ。
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2012年7月15日、父のリクエストで常呂の「道の市」へ。
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「かれい 華麗に泳いでいます。」がツボに入った。
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2012年7月、リニューアル前の塩別つるつる温泉。
8年前、父はまだ杖無しで歩けていたんだ。
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2012年9月、私は神戸出張があり。
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2012年11月には長崎出張があり。
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2012年11月…翌月にはお別れするキュウちゃんと記念写真のつもりで後ろにちょっとのけぞり、ぽっこりしたお腹を強調してみた。
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…こりゃ妊婦さんだと思われるよな

2012年12月18日、手術。
手術前は63.45㎏あったんだな。
私は麻酔で寝ていたけど、医師から説明受けた伯母が撮った子宮ごと摘出した子宮筋腫画像はアップするにあたり黄色く塗りつぶしました。
希望した友達にそのまんまの画像を送ったり見せたりしたけど「で、でかい!赤ちゃんかと思った。こんなのお腹にあったの??」と驚いていた。
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手術前の同意書の一部。
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血栓が怖いという説明が印象に残っている。
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12月20日、担当の先生からもらった説明書き。
11㎝お腹を縦に切ったため、しばらく腹筋に力入らなかった。
具体的にいうと…お腹がすごく痛くなって出したいのに踏ん張れないから自然に〇〇が出てくるの待つしかないのが苦しかった
退院して最初の開通のときなんて2時間トイレから出られず泣いていた
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術後1日は絶飲食。
2012年12月20日、最初はゼリーから。
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術後スケジュール
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2012年12月20日

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食べ物効果書いてある紙を配ってくれるの嬉しかった
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職場と自宅間の病院がいいかなと思って選んだ賛育会病院、2012年12月21日に病院のスタッフさんがサンタさんの恰好をしてプレゼントを配って病室をまわってくれていた
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年末近くなって入院患者も少なくシーンとした入院病棟、みんな喜んでいて心づかいがすごく嬉しかったな

手術して9日後の2012年12月27日に退院。
病院関係の皆さま、ちょこんと見えていたスカイツリー、たくさん本も読めたし、給茶機さえ別れが寂しくなっちゃった。
お世話になりました
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支払はこんな感じだった。
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2012年12月に手術して61㎏台、2013年は腰痛に悩まされダイエット意識継続は難しかったけど2014年後半で調子を取り戻し58㎏台をマーク。
それくらいで維持していこう~ってつもりだったけど北海道で一人暮らししている父が難病「脊髄小脳変性症」にかかっていることが判明!(判明したのは2013年だったのだけど、だんだん運動機能がダメになっていくと知ってそれを感じるようになったのが2014年)
長くなっちゃうのをどうやって短くまとめようかってくらいブログ書くの大好きな私が1年8か月ブログ更新ストップするほど北海道へ帰ろうかどうしようか悩み、2017年4月は69.9㎏までアップ

あちこち寄り道回り道。「食べたいもの食べる」は譲れない。
3年かかってようやく10㎏ほど落ちたところさ~

そんなちんたらダイエッターなのでした

…ここまで読んでくださった方(いるだろうか。。。)本当にありがとうございました

もしまだのようでしたら…ぽちっとなよろしくお願いしますです

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