生きる喜びを…しっかりと子どもに伝えているアフリカ★3歳の子どもから気づきをもらったSHOGENさん(*^・ェ・)ノ

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昨日、「あかえばし鍼灸院」(北海道北見市春光町5丁目5−番9号)で、SHOGEN(しょうげん)さんの話を聞かせていただいた。

SHOGENさんは京都出身の方で、1986年生まれ…私の17歳下だから、今年33歳かあ
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大学を卒業して一般企業に6年勤めていたけど1枚の絵に衝撃を受けて、どうしてもその絵を習いたいという思いが強くなり会社を辞めてアフリカ・タンザニアへ

タンザニアといえば、北見工大にいらっしゃるアレックスさんというタンザニア出身の方から生活の様子を少々聞いたことがあるので、日本との違いがすごいだろうなと想像しました。

SHOGENさんは1年の住み込み修行ののち、日本でも仕事もりだくさんのアーティストになりました。
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その道のりを1時間くらいで話してくれるということで、根性のサクセスストーリーかなと思っていましたが…

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たしかに根性のサクセスストーリーなのですけど、「日本人がアフリカのような心を持っていたら、若者の自殺対策や子どもの貧困対策なんていらなかったかも知れないなあ…」と思う内容で、SHOGENさんの話で泣いちゃった人もいるくらいでした。

私もぐぐっとこらえましたが、泣きそうでした。
多分、あの場にいた人、みんな涙流したか我慢したかだったと思います。

私の報告じゃ涙までいかないと思いますが、SHOGENさんの体験話で「おお!」と思ったところをログします。


ティンガティンガというアフリカで生まれた手法の絵を描く勉強をしたい、それにはルーツを体で感じたいということで、ある村に住まわせてくださいとお願いするところから始まります。

ただ、ティンガティンガは弟子をとらないし、ましてや外国人???と村人たちは怪訝な反応。

そこを頼み込む…根性で

のちに先生になる方が「スワヒリ語を話す」「狩猟をする」「宿泊費を払う」という3つの条件をクリアしたらうちに住むことを許そうということになりクリア。

狩猟に関しては、11歳の男の子が先生としてついたとか。
なかなかうまくいかなくて、11歳の先生はじめ村人にけちょんけちょんに言われたそうですが、最後は「明日はいいことあると信じて!」というようなこと言われて励まされたとのこと

狩猟を教わり仲間に入ることを許されたと思っていたけれど、ある女性が「あの人が認めても私はあなたを認めていない」と言いだし、次のような質問をしたそうです。

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生きていけますと答えたところ、合格でした。
お金がなくなっても生きていける人は周りの人から助けてもらえる人徳がある人、お金しか頼りにならない人は…という判断だったようです。


その村の基本となる考えも知りました。

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村に住み始めて5日目に、3歳の女の子がたずねてきてSHOGENさんにこう言ったそうです。

「私は水を汲んで村の人たちのお腹を満足にさせるという役割がある。
SHOGENは日本でどういう役割をしてきたのか?

え???と、絶句したそうです。

その他の場面で、45歳くらいのバスの運転手が泣いてしまっている2歳くらいの子に
「バスの運転手は素晴らしい職業なんだよ」と仕事の話を延々としていたそうです。

タンザニア全体がそうなのか、この小さな村がそうなのか、そのあたりはわかりませんが、子どもが小さなうちから
「仕事は素晴らしいこと」「人間は仕事を分担して共同生活している」ということを教えているようです。

そして子どもが突拍子もないことを言っても、それを叶えるにはどうしたらよいのか、大人が一緒になって考えたり一緒に行動したりしてくれるそうです。

たとえば…「流れ星をつかまえたい」と言いだした女の子のお父さんがなんて答えるのか聞いていたら、「よし、つかまえに行こう」と一緒にでかけていってびっくり。

もちろんつかまえられず帰ってきましたが、「時間が悪かったのかなあ」なんて話をしていて、さらに驚いたのが、翌日大人だけで出かけたそうです な、なにしに???

流れ星をつかまえることはできないということ知っているはずなのですが、子どもの願いを叶えるのに何か方法はないかと先に生まれた大人たちが探す役割のようです。

私、なんのために生まれてきたんだろう、つまらない、何もかもイヤだ、何したらいいんだろう、義務教育の頃から世の中にどんな仕事があるのかもっと詳しく教えてくれればよかったのに…なんて考えたことがありましたが、この村で生まれ育ったらそんなこと考えなかっただろうなと思います。



自分の意見ははっきり伝える、納得いくまでお互い話をする風習で、ケンカも絶えないそうです。
ですが「ケンカはその日のうちに解決すること」というルールがあった。

SHOGENさんも何度か口論になったそうですが、一度長引いてしまったそうです。
それを見ていた村の人が、SHOGENさんとケンカの相手を海に入らせ、指定した位置にずっと立っているように言う…だんだん陽が沈んでくる…すると、二人の間の海に夕日の色が映り、二人の間にゆらゆらとしたオレンジ色の夕日の線が引かれました。

仲良くなるための境界線

だそうです。ドラマチックすぎる

あまりの綺麗な境界線に感動し仲直り。
「自然の偉大さに触れると小さなことはどうでもよくなっちゃう」を体感したと言っていました。
そしてSHOGENさん、
「北海道はそういう自然の偉大さを感じられる素晴らしい場所」とも言っていました。


そんなこんなでなんとか村に住まわしてもらいながらティンガティンガの勉強を始めることができたSHOGENさんにピンチが訪れます。

それは…
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1年住んでいる間に、村で仲良くなった方が不慮の事故や毒蛇にかまれたりして3名も亡くなったそうです。

その村で初めて、知っている人のお葬式に出たときにSHOGENさんは悲しくて涙を流しました。

しかし、それが悪かったのです。

この村では、人が死んで泣くのは
「毎日精一杯その人のことを思っていなかった」という証になってしまいダメなことだったのです。

どれくらいダメだったのかというと、村長さんがやってきて
「村を出て行ってくれ」と言われるくらい

そこはお国の違いもあり「これから気持ちを入れ替えます。今回だけ!」と許してもらったそうですが…

私、小学生の頃は「死」について考えて泣きながら眠ったり、高校生のときは老後のこと考えて無気力になったりしていましたが、「この人と別れたあと、たとえ私かこの人が死んでしまったとしても後悔しない付き合いをしよう、毎日しよう、人はいつ死ぬかわからないんだから。」と考えることで気持ちを切り替えることができました。

そういう風に考えている方、けっこういると思うんですけど、まさか村をあげてここまで徹底しているってすごいなと思いました。
この村で育つ子どもたちも、親や友達、知っている人のことを毎日精一杯思って何をしてあげられるか考えながら育っていくのでしょうね。



6年、日本で一般企業に勤め、辞めて画家になるというと、日本の知人は「不安じゃない?」とか「よくやるなあ…」なんて反応だけど、この村の方たちはどうしたら成功するかを一緒に考えてくれたといいます。

そして16歳の子に「何が不安なの?だってさあ、そもそも画家ってこの世に存在している職業だよね。」
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と言われたそうです。
すでに存在している職業に何の不安があるのか?と不思議がられたそうです。

その16歳の男の子の両親は病気になり、彼が家計を支えることになった。
彼は川の中に石を積んで橋をつくり、川にじゃぶじゃぶ入らなくても渡れるようにし、通行料をいただく仕事を作り出した人でした。



自分より年上の方たちに、成功論や人生論を教えてもらうことは想像できただろうけど、3歳、11歳、16歳の子どもたちにも深いことを教えられたSHOGENさん。

大人がそういう風に子どもたちを育てている、継承されているということです。

日本にもそういう世代の心の繋がりや仕事の継承があれば…

年金問題うんぬんかんぬんの前に子どもたちの将来にもっと関心を持って心を育て、小さなうちから生きていく力を与えていくことができれば…

結婚や出産を望む若い人たちが安心して実行できる日本であれば、そもそも人口ピラミッドが逆三角形になることはなかったわけです。

若者の自殺増 児童虐待 子どもの貧困問題増

おそらく涙を流したりこらえたりする人がいたのは、表現は違えどそこだと思っています。


日本にあってアフリカにないものはたくさんありますが、それは「モノ」。
アフリカにあって、日本にあったら良かったなあとSHOGENさんが感じた「心」。


まだ間に合うはずです。
だからアフリカの心を持ち帰りSHOGENさんは東京で描く。


お話を聞いたあと、SHOGENさんに
「よく日本に帰ってきてくださいましたね。」と声をかけてしまいました。

SHOGENさんは、夕焼けをバックにしたアフリカの野生動物を描きたくてティンガティンガを始めたのですが、村での体験により感動した子どもたちが登場するストーリーのあるイラストを多く描いています。

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日本人に不足しているように思える「生きる喜び」を感じてもらえたら…と考えているそうです。
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「SHOGENさんの活動をもっと知りたい!」という方は、SHOGENさんのサイトでご確認くださいませ

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いつも愛のぽちっとな、ありがとうございます

この記事へのコメント

  • ゆう

    あーそれかな。れいれいさんのブログに登場する人達や博多の朝方に見かけた人達に共通する私の感じた事。
    生きる喜びを知ってる感じ。
    私が行動する範囲にいる人達に感じない事。
    みんな辛そうに街を歩いてる。
    もっとシンプルに生きられるはずなのに起こらない不安要素を常に意識のメインに持ってて毎日何をしてても暗い顔になってる。
    幸せな事はいっぱいあるのにそれには目を向けられない感じ。
    変な年功序列がありますよね。歳下の言う事は否定する年寄りが多い。
    何をしても報われないと希望を持つ事にネガティブな意見しか言わない大人に育てられるとやたら悟りを開いたような事を言って諦めて行動しない若者が増えていく…そんな寂しい感じ。

    何か超納得な記事でした。
    2019年06月21日 09:12
  • れいれい

    ★ ゆうさんへ ★
    ゆうさんにコメントいただいて、「生きる喜び」ってなんなんだろう?ってあらためて考えてみちゃった。
    関東にいたときは、ブログ始める前は死にたいわけじゃないけど、生きていなくてもいいんだけど…って感じだった。
    でも、ブログ始めて楽しくなった。
    ゆうさんやピカちゅうさんとのつながりも嬉しかったし♪
    ほかは、プライベートより夢中になれる仕事があった。
    今は、仕事だけで1日終わるわけではなく、朝日見たりなんだり楽しいことが多々ある(多分、通勤時間が短くなったのと通勤疲れがない分かな)
    振り返って思うのは、関東だから北海道だからというのではなく、やっぱり気の持ち方がカギで、それがダメだったらどこに住んでいても、どんなにお金やモノや健康な体があっても、「喜び」はないのだろうな~って思います。

    20代のころ、私が2つ3つ仕事掛持っているという話をすると、母が「どうしてそんなに働くの?困ったときは国がなんとかしてくれるのよ」と言っていたけど…
    ひと昔前まで、国に任せていれば安心って考えだったんだろうなと想像します。
    それがガタガタガタ~って崩れたものだから、「国は間違いない」と思っていた世代の人たちが何を信じていいかわからなくなってネガティブになっちゃうのかもなあって思います。
    父も新聞読みながら嘆いているもの。。。嘆いたってしょうがないでしょうに~!っていうと、「そうだな、俺はもうそろそろいなくなるからな」って言う( ̄∇ ̄)
    いやいや、そっちじゃなくてさ…って感じだけど、日本においての「生きる喜び」の考え方っていろんな意味でいろんなことがちぐはぐしちゃっている気がします。
    2019年06月22日 00:22